私の生きようって気持ち

“治す”ということだけに全力を注ごうと思うと、その病や、状態や、傷や、そういうものを患者自身がどんな感情を抱いているのかなんて、不必要なんだと思う。どころか、変に知らないほうが良いのかもしれない。

私は命より大切にしている傷があって、それは昔の私自身が命を投げ出そうとした結果です。
かつての恋人からひどいDVを受け、日々殴られ拘束され軟禁され親とも絶縁されながら暮らしていた日々を終わらせようとしたところ、高い建物から飛び降りさせられました。
私は全身の骨を折り、寝たきりの日々を過ごしました。

とても悔しくて毎日泣きました。身体がまったく動かず病院の天井を見つめるだけの日々で毎日泣きました。

でもあるときふと、大切なことに気づきました。絶縁させられるために罵詈雑言を浴びせ続け、全く口も聞かずにいた母が
毎日病院に通って「生きていて良かった」と毎日言ってくれていました。
それ以外何も言わずにずっと横にいてくれました。すごい早さで白髪の増えていく母を見つめ、私は生きていかないといけないと思いました。
そして、奪われたものを取り返さなければいけないと強く思いました。

いちばんひどかったのは右足で、
開放骨折をして、創外固定をされていました。足の先は触られても何も感じないしぴくりとも動きませんでした。

そこからは長い長い辛くて苦しいリハビリの日々です。全く動かない身体を動かせと言われる。思うようにいかなくてもいけといわれる。
でも、ただ起き上がれた日も、はじめて車椅子に乗れた日も母は手を叩いて喜び泣いてくれました。
「頑張ってくれてありがとう、すごいね、すごいね」と言ってくれました。
私は母にもっと喜んでほしくて、歩行訓練を死にもの狂いで頑張りました。
痛すぎるし思うようにいかず、嫌になって病院食をひっくり返したことも何度もありました。

ある日母に言われました。「辛いね。もういいよ。先生に、二度と歩けないと言われている。」と。
目の前が真っ暗だったか真っ白だったかになりました。
でも何より、あんな奴に人生を変えられたくないと強く思いました。
変わったとしても、自分の力不足で変わるのであれば良いと思いました。
だから毎日毎日、また繰り返し頑張りました。気の遠くなるほどの努力をしたと思います。

そして今、私は自分の足で歩き日常を過ごせています。
もちろん痛みやしびれや、そんなものとの闘いはしょっちゅうです。
でも少しでもこの足で強い気持ちで生きていこうと思います。